岩崎宏美さん カヴァーアルバム第3弾「Dear Friends III」

2006年10月21日

岩崎宏美さんによるカヴァーアルバムの第3弾「Dear Friends III」を聴いた。宏美さんといえば日本を代表する実力派歌手でありよく知っているつもりでいたのだけど、あらためて考えてみると宏美さんの歌をじっくりと聴いたという経験は今まであまりなかったことに気づかされた。私が物心ついた頃にはすでにアイドルという存在ではなく、あまりに大人びた女性という印象を受けてしまっていたために強い思い入れを持って聴く対象としては認知できなかったのかも知れない。

最近になって急速に宏美さんを身近な存在のように意識し始めたのは亡くなった本田美奈子さんが姉のように慕っていた人だということを知ったからだった。私はミュージカルというものに関心がなくて、不明にもこの二人が公私ともに親しく互いに認め合い尊敬する仲だということを逝去後の報道を見るまで知らなかったのだ。


宏美さんについては漠然と常に日本の音楽界の最前線に立っていたように思ってしまっていたのだけど、実際には多くの波風にもまれてもきたようだ。プライヴェートでは結婚・出産・離婚を経験し、それに伴い仕事上でも改名・休業・元の名前での復帰と数度に亙る転機を迎えたほか、喉を傷めて歌えなくなった時期もあったという。そうした浮き沈みの中でも歌への情熱は変わることがなかったのだろう。先月放送された『あなたが主役 音楽のある街で』に出演した際には「いろいろな経験をした今になって歌に情感を込めて歌えるようになってきた」という趣旨のことを語っていた。


「Dear Friends III」 収録曲一覧

  1. 「Sincerely/Teach Me Tonight」 with バリー・マニロウ (The McGuire Sisters 1955年)
  2. 「今年の冬」 (槇原敬之 1994年)
  3. 「どうぞこのまま」 (丸山圭子 1977年)
  4. 「元気を出して」 (薬師丸ひろ子 1984年/竹内まりや 1987年)
  5. 「言葉にできない」 (オフコース 1982年)
  6. 「愛の賛歌」 with 大江千里(ピアノ) (越路吹雪 1949年)
  7. 「砂に消えた涙」 (弘田三枝子 1965年)
  8. 「卒業写真」 with 岩崎良美 (荒井由実 1975年)
  9. 「青春の影」 (チューリップ 1974年)
  10. 「In My Life」 with スターダスト・レビュー (THE BEATLES 1965年)
  11. 「雪の華」 (中島美嘉 2003年)
  12. 「つばさ」 (本田美奈子. 1994年)

この「Dear Friends III」では時期もジャンルも大きく異なる12曲をカヴァーしている。オリジナルの創唱者の顔ぶれも多彩なら、妹の良美さんをはじめとする共演者も実に豪華である。ライナーノートには宏美さん自身による各曲へのコメントが記載されていて興味深い。私が今の宏美さんの歌への取り組み方をよく表していると思ったのは「どうぞこのまま」に記された「今になっても、いえむしろ今こそ力まないで歌う事は、大切な私の課題です」という言葉だった。全曲を通じて感じるのはまさにこの言葉通り余計な力の抜けた自然な歌唱が聴く者の耳に優しく飛び込んでくるということである。歌い回しの中に"語り"の要素が垣間見られるのも特徴的で、こうした点はおそらくかつての宏美さんの歌にはなかったものなのではないだろうか。

以前からのファンの中には全盛期に比べると声が出ていなくなっていることを惜しむ見方もあるようだ。キーの設定がかなり低めにされているのも美しい高音がかつての伸びやかさを失っていることの表れなのだろう。しかし聴いていて感じるのはこうした表現はいろいろなことを経験した今の宏美さんだからこそ出せる味わいではないか、ということだ。私も宏美さんというと美しく伸びやかな高音の印象が強かったため、低めのキー設定ゆえに随所で思いがけず豊かで厚みのある低音を聴くことができるのは意外な発見だった。やや低めの音域で語りかけるように歌う宏美さんの歌からは豊かな人生経験から生み出された優しさ、温かさを感じることができるように思う。


岩崎宏美さんの「つばさ」:アルバムヴァージョン

このアルバムのフィナーレを飾るのは美奈子さんの代表曲「つばさ」である。公式サイトにはこの曲がファン・リクエストの圧倒的1位となったと記載されている。美奈子さんのファンサイトには宏美さんに「つばさ」を歌い継いで欲しい、という声が数多く寄せられていたので、このファン・リクエストには宏美さんのファンのみならず美奈子さんのファンからの票も多かったに違いない。

アルバムの発売前に先月放送の『あなたが主役 音楽のある街で』に出演してオーケストラ(指揮はあの炎のコバケンさん!)の伴奏で歌ったヴァージョンを聴く機会があった。その際には全体にしっとりとした歌い回しでやさしく語りかけるような歌を披露してくれていた。オーケストラのアレンジもコバケンさんの指揮もあまり宏美さんを煽り立てるようなところがなく、静かに美奈子さんを偲ぶ宏美さんにやさしく寄り添うような伴奏だった。それに比べるとアルバムヴァージョンはアレンジも宏美さんの歌唱もややオリジナルに近いダイナミックなものになっている。それでも「力まないで歌うこと」はここでも貫かれている。

美奈子さんの「つばさ」は若い頃の録音であることもあり力強さを感じさせる熱唱で、自由へのあこがれや歌う喜びを高らかに歌い上げている。しかしここに聴く宏美さんの歌唱は少しの悲しみをたたえながら静かな足取りで歩いて行くような趣きで聴かせるものとなっている。歌い出しはやはり語りかけるような調子で、声の表情が多彩なことも印象的。サビの部分も力まかせにならず、力強く前向きな歌詞とメロディーであるにもかかわらず少し愁いを帯びた調子も聴きとることができる。そう思って聴くせいかも知れないけど、ダイナミックなアレンジになっているはずの伴奏でも端々に悲しみを帯びた調子が聴こえてきてはっとさせられる。特に和久井仁さんのオーボエの音色と歌い回しに強くそれを感じる。


オリジナルの美奈子さんの歌唱では後半最後の大サビに入る前のロングトーンが大きな特徴となっている。宏美さんがこの歌をカヴァーすると発表された時からこの部分をどうするのかが注目されていた。

少し口はばったい言い方になってしまうけど、もし私が宏美さんにアドバイスできる立場にいたとしたら、ここは二小節程度伸ばすだけで切り上げてしまい、ロングトーンの不在を感じなくてすむようなアレンジにするように進言していたと思う。オリジナルに近い形で歌えばどこまで伸ばせるかに注目が集まってしまうのは必至だからだ。宏美さんほどのキャリアの持ち主ならわざわざ相手の土俵で勝負を挑む必要はなく、オリジナルとは違ったアレンジで独自の味わいを聴かせる歌にしてしまっても許されたはずだ。どちらが長いかストップウォッチで計りながら聴くのはあまりにも悲しいし、そうした受容のされ方を避けるためにはその方がいいと思ったのだ。

最も声の出ていた全盛期なら本気で勝負を挑んでいたかも知れない、という見方もあったようだけど、宏美さんが選んだのは美奈子さんには敵わないことを承知の上でできるところまで近づけよう、というものだった。NHKのラジオ『昼の散歩道』に出演した際には「途中十小節以上伸ばすところがあるんですが、さすがに私にはできないので、歌えるところまで歌わせてもらってます。きっと美奈子も許してくれると思う」といった趣旨のことを語っていたという。実力派歌手としてのプライドにはこだわらず"及ばずながらもせめて近づきたい"という謙虚な姿勢で取り組んだのは美奈子さんへの心からの敬意の表れなのだろう。あらためて二人の強い絆を感じさせられる。


ほかの曲についても一つ一つコメントしておきたいところなのだけどアップできるまでにさらに時間がかかり、きりがなく長くなりそうなのでとりあえずここで締めておくことにしたい。

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コメント

「雪の華」は徳永英明さんもカバーしているし、人気ありますね。

-> アキラさん

私は森山良子さんが歌うのをTVで見たことがあります。世代を越えて人気のある曲のようですね。

私も宏美さんのつばさ、ネロリくんと同感です。
ロングトーン無くてもいいと思うのです。

雪の華は最初聴いた時、震えました。
私はこの曲と青春の影が好きです。

-> ハイジ

ロングトーンをあえてやろうとしたのは美奈子さんへの尊敬の思いゆえだと思うとうれしいですよね。

私はほかの曲では「言葉にできない」にぐっときてしまいます。そう思って聴くからでしょうけど私たちの美奈子さんへの思いを歌ってくれているように感じてしまうんですよね。

はじめまして、Alexさんのページから流れてきました。
本当は、今でも宏美さんが「つばさ」をカバーすることには複雑な気持ちがあるのですが、ひとりでも歌い継いでほしくて、そのうちの一人として自分があるという気持ちなんだろうな、と最近理解するようになりました。
さて、本日、NHK−FMでは"アイドル三昧"12時間リクエスト。美奈子.さんはマリリンが掛かるみたいですが、1人で2曲以上掛かる場合もあるようです。ぜひ「つばさ」リクエストして盛り上げてください。オンエアリストやリクエストは下記からどうぞ。
www.nhk.or.jp/zanmai/latest.html

-> ギムリンさん

はじめまして。お名前はAlexさんのところでお見かけしておりました。コメントありがとうございます♪

宏美さんは「つばさ」が多くの歌手によって歌い継がれるスタンダードな名曲になっていって欲しいという思いから熱心に取り上げて下さっているのでしょうね。今度の「PRAHA」収録のヴァージョンも楽しみです。


『アイドル三昧』は少ししか聴けなかったのですが懐かしい曲が一杯ありました。「つばさ」は少し場違いかな、と思って「Temptation(誘惑)」をリクエストしてみたのですがだめでしたね。ちょっと残念です。

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